水に潜んで相手の様子を観察すると、門以外に武装兵の多い場所は2ヶ所あった。
おそらく、一つは首相のいる場所で、もう一つが敵方リーダーの居場所だろうと予測した。
水城の任務は首相を助けるだけのはずだが、再び同じような事態にならないように、敵方を全滅させる必要があるだろう。それならば、2箇所のどちらに行こうと順序の違いしかない。
何も悩む必要などない。
水城は蛇口に圧力をかけた。途端に破裂する。
誰かが駆け寄ってくるのを確認すると、水城は水道管に引っ込み、別の蛇口から外に出た。案の定、人の気配はない。先ほどの破裂に集まっているのだ。
ジェルになった状態だと見つかることもないのだが、いかんせん動きづらいので、水城は元の姿に戻った。しかし、今度は一糸纏わぬ格好だ。どれだけ修行を積んだとしても、自分の肉体以外に忍法をかけられるのは「水」だけであった。
誰かに見られたらお終いだが、見つかるつもりなど毛頭なかった。
水城は疾駆した。
建物の最上階に人口密度の高い場所がある。
途中、敵の影はひとつもなかった。それは狙い通りなのだが。
いざ、と飛び込んだ部屋にすら人の気配がなかった。
ただ一人、縛られている首相をのぞいて。
「……お一人ですか?」
水城は思わず馬鹿馬鹿しい質問をしてしまう。
首相は突然の出来事に固まっていた。なにせ、裸の男が飛びこんできたのだから。
「…………………日本人か?」
しばらくの沈黙の後、首相は呟いた。水城は頷き、お助けに参りましたと答えた。
「待っていたぞ!さあ、早く逃げよう!」
「はい。まず縄を切りますから、お待ちください」
水城が歯で噛み千切ろうと努力している最中も、首相は矢継ぎ早に質問をする。
「私は自衛隊じゃなくて民間人です。少々、特殊ですが」
「忍者です。に・ん・じゃ。冗談なんかじゃありません。前の首相からお聞きじゃないですか?」
「感謝状ですか?いりませんよ、そんなの。そもそも、民間人が貰ったって怪しいでしょう」
「税金使って私の宣伝なんてしないでください。それより、もう少し黙っていてもらえませんか?」
これは水城には何時間にも感じられることであった。実際は5分たらずだったかもしれないが、時計などないので正確な時間はわからない。
少なくとも。
一度いなくなった敵が戻ってくるには十分な時間ではあった。
扉の開く音で振り返った水城は、敵と視線がぶつかった。
一瞬の間のあと、銃を向けて何か叫びだす敵方。
水城も臨戦態勢に入ろうとし、最悪の場面にいることを自覚した。
四方八方見渡しても、水が存在しない。
水の忍者から水を取れば、ただの忍者ですらない。ちょっと鍛えている普通の人間だ。
それでも首相は期待のこもった眼差しで水城を見ている。
そんな場面で、水城ができたことといえば。
発砲音に反応し、身を挺して首相を守ることだけだった。
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