水城創太は仕事に行く前に新聞を読むのが習慣だった。
今日の一面には、首相が某国に訪問したとあった。にこやかに手を振っている写真がついている。
水城は新聞にさっと目を通すと、丁寧に2つにたたんだ。時計を見ると、針は出勤時間を示している。
コーヒーを飲みほし、椅子から立ち上がる。
その時、電話がけたたましく鳴った。
5コール待って、その後受話器を取る。
「もしもし、水城です」
『もしもし、こちらは国家公安委員会です。すぐに首相官邸まで来ていただけますか?』
「……緊急事態ですね。わかりました」
水城はそっと受話器を置き、深呼吸をした後、自分の会社に電話を入れた。
「もしもし、水城です。所用が入ったので、今日は休みます」
一言だけ言って、今度はタクシー会社に電話をかけた。
車だとおよそ30分で到着できる。水城はそれを知っていた。
水城が首相官邸に着くと、門番が身分証の提示を求めてきた。財布から免許証を出そうともたもたしているうちに、とある人物がやってきた。
水城のよく知る相手であった。
「久しぶりですね、泉さん」
国家公安委員長の泉とは、今までに何度か会ったことがあった。
「よく来てくださった。民間の方に頼むのは心苦しいのですが、他に手がなくて」
「今日はもう会社を休みにしましたから。それに、今更ですよ」
「詳しい話は中で」
泉が門番に合図を送ると、首相官邸の門が開いた。
泉の後に続いて、水城は進んでいく。
建物の中は豪華な装飾だが、水城はそれに目もくれなかった。
「いつまでたっても緊張するものだな」と水城はつぶやいた。
会議室と書かれたプレートのついた部屋の前で泉は立ち止った。
「着きました。この中で話しましょう」
重いドアを開くと、中の数人がこちらを見つめていた。
「泉さん、その人が?」
「そうです。水城忍軍の末裔の――」
「水城創太です」水城は泉の言葉に続いた。
全員が水城に注目した。見かけは普通のサラリーマンなので、どうも信じられない様子だった。
泉が快活に笑い声を上げる。
「私も最初は信じられなかったがね」そう言って、机の上のコップを手に取る。「百聞は一見にしかずってね」そして、コップの水を水城の手にぶっかけた。
水城はにこやかに笑い、ふいに目を鋭くさせる。
ぞわり。
その場にいる全員が何かを感じ取った。一気に緊張が高まる。
「私は、触れた水を操れるのです」
水城はそう説明した後、軽く腕を振るった。
一瞬の間隔の後、壁から大きな衝撃音が発せられた。
そこには、濡れたような跡と、若干へこんだ跡。
ごくりと息を呑む音が一斉に聞こえた。
「さて、説明に入ってください」
水城は泉たちに向かって笑顔で話しかけた。
事件は昨日の夜に起こった。
総理大臣が某国の首相と対談した後、何者かによって誘拐されたのだ。
犯行声明と手口から考えて、その国の過激派の仕業と断定された。
問題はその過激派グループが政府の支援を受けているという噂があることで、表だった行動を取ると戦争になりかねない。その国は核兵器を所有しているので、戦争を断固避けたいというのが日本の立場だった。
自衛隊も米軍の協力も逆効果になる状況で、水城に白羽の矢が立ったのだ。
「まるでアクション映画の登場人物になったようですよ」と泉は言う。
「映画だったらハッピーエンドで終わるでしょうが、これは現実で、死ぬかもしれないし戦争だって起こるかもしれません」
水城はそう愚痴った後で、「ま、出来るだけのことはやりますよ」と付け加えた。
「できるだけ早く行動を起こしてほしい。マスコミにも知られたくないのです」
「武器の使用に関しては、防衛大臣に黙認してもらっています。要望があれば、最大限の用意をします」
口々に言う政府の幹部。
水城は少し考えた後、地図が欲しいと言った。
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